東横インのシャワートイレは、環境に配慮して
浴槽の排水を再利用しています。
ところが
この再利用システムに問題があるのか、シャワーが出ません。
この手のトラブルはこれで2回目です。
グランドホテルクラスになれば、
修理するか部屋を変えるかの対応になりますが、ここでは
せいぜい1階のトイレを使ってくれと言われるのが関の山です。
今年宿泊した
宇都宮駅前では朝食会場のコーヒーメーカーが全く動作せず、
相模原では微かながら異臭が漂っていました。
私も歳ですし、
そろそろ出張宿泊にも「質」を求める時期が来ているのかも知れません。
今日は久しぶりに
てっぱくこと鉄道博物館を見ることにしました。
鈴本演芸場や
浅草演芸ホール、
新宿末広亭と並ぶ
寄席の殿堂である池袋演芸場です。
三遊亭円丈の名作落語「グリコ少年」はここで
ネタおろしされました。
池袋駅で
新宿湘南ラインを待っていたら、反対側のホームに
251系スーパービュー踊り子号が入線してきました。
事故があるとスグに停まる新宿湘南ラインですが、案の定
帰る頃には人身事故で停まってしまいました。
651系1000番台スワローあかぎ号です。
11両編成でした。
赤羽から
東北・宇都宮線の列車とチェイスしました。
てっぱく様様の埼玉新交通ニューシャトルです。最近は
車両のカラーバリエーションが増えました。
鉄道博物館は土曜日とあって、
入場待ちの長い行列が出来ていました。
ヒストリーゾーンの展示車輌に大きな変化はありませんが、
ライブラリーが新設されたり、
ラーニングゾーンの一部展示物が変わっていました。
一目見て
TR73と判別した
3軸台車です。
マイテ49などに使われています。今でも
KATOのアッシーパーツのTR73を10セット近く持っています♪。
マーレー式SL9856の下回りです。
2つの駆動シリンダーを持つこの形式では、
シリンダー・デッドロックを避けるため、
双方の下死点を微妙にずらしています。従って
双方の駆動ロッドは微妙にずれています。
数年前に
マイクロエースが本形式をNゲージ鉄道模型にしたとき、
この点を全く考慮しなかったため、
エイト模型(当時)のオヤジ(元国鉄マン)がボロクソに叩いていたのを思い出しました。
碓氷峠・アプト式軌道に対応したED40です。
傍らには
EC40(10000)や
SL・3920の模型がありました。
宮崎駿監督の映画「風立ちぬ」の中で
これらと全く同じELやSLが登場するシーン(次郎が奈緒子に列車で会いに行くくだり)があり、もしかして
ジブリのスタッフはここを取材していたのではないかと思いました。
EF58−89です。
本形式は、いわゆる
上越形(ヒサシがついている)です。ゴハチのファンはゴハチならどれでも良いと言う訳でなく、
前面窓にHゴム止めしたものや本形式の様なヒサシつきは概して不人気です。
原型に最も近い宮原の150号機が一番人気なのです。
キハ41307のエンジンです。
現在はエンジン横置きが主流ですが、
当時はエンジン縦置きでした。
TOMIXのメチャ高価な限定品を購入したC57−135号です。
本形式は一次形で原型に近いタイプ。
ちなみに
名古屋・金城ふ頭のリニア・鉄道館に展示されている139号機は装備を幾分簡略化した
二次形になります。
ナハネフ22−1の3段ベッドです。
蚕棚のあだ名の通り、
ストレッチャー並みの狭いベッド幅(52センチ)、
息が詰まるような上部空間の狭い3段ベッドです。
これでも、当時は
「走るホテル」と言われていました。
この水準から見れば、
草臥れ掛けた東横インでもズッと豪華になります。
安定輸送を人質にして運賃の大幅な値上げをした当時の国鉄の広告です。
今の電力会社が放漫経営をヨソに「原発が動かないから、原油が要るから」と値上げ攻勢をするのと酷似しています。
東海道新幹線電車21−2(H2編成)です。
本形式は、
吹田のJR西日本研修センターに教材として置かれていました。
システムは正に0系登場当初のもので、
2000番台などの最終形式とはかなり異なっています。
ランチトレインとして屋外展示されている
189系グレードアップ編成。従来車に比して
窓を大型化しています。
現在主流の
ボルスターレス台車は、
新幹線台車が基本になっています。
写真は
東北・上越新幹線用200系に使用されているDT−201台車です。
銀行の第2次オンラインと「同期」の国鉄電算式予約システム「マルス1」のCPUユニットです。
メインメモリーはたった50キロバイトしかなく、
演算回路は本体右側のカードを差し替えると言ったもの。
処理能力は現在のCOREi7の数百分の一程度ながら、
CRSの発展に多大なる寄与をしました。
鉄道博物館保存車輌として発売されることの無かったキハ11−25です。
私は、TOMIXからキハ11などが発売されたときに1両をこの
25号機に仕立てたものです。
当初てっぱくホール付近に置かれていた167系修学旅行電車のカットモデルです。
万世橋時代も正面玄関に置かれていたD51−426のカットモデルです。
再び
ニューシャトルに乗っててっぱくを後にしました。
帰りは、
東北本線・宇都宮線の列車に乗って上野まで出て、上野から京浜東北線で浜松町に出ることにしました。
最新鋭のE233系3000番台です。
南浦和まで写真の京浜東北線・E233系1000番台とチェイスしました。
上野駅の茨城県観光案内です。
大洗のガルパン(ガールズ・パンツァー)人気は相変わらずの様です。
やはりと言うかKATOが悪乗りして鹿島臨海6000形のガルパン・ラッピング車を、JAMと仲間割れした「鉄道模型コンテスト」の会場でこれまたセコく「限定販売」する様です。
上野から浜松町まで、この
京浜東北線快速に乗りました。
当初
品川から京急線に乗る予定でしたが、
見晴らしの良い東京モノレールに変えました。
新幹線を見下ろして
羽田空港へ向かいます。
「海猿」こと海上保安庁・特殊救難隊の基地です。
特殊救難隊の向こうには
塗装を剥がされ、ドナドナされるであろうB737−700が見えます。
出発まで、しばらく
展望デッキに居ました。
リバイバル・モヒカンカラーのB767です。
久々の
B747−400(ルフトハンザ)です。
ジャンボは優雅で堂々として素敵です。
モンゴル航空のB737−800です。
エア・カナダのB787です。
スカイマークのワンピース塗装機です。
この
トリプルセブンは
パッセンジャー・トラブルで離陸が遅れ、
離陸したとたんバードストライクに遭うなど
アンラッキーでした。
猛烈な暑さのため、空見を早々と切り上げました。
本日乗って帰るANA033便・B787−8がスポットインしてました。
初のB787搭乗になります。
ボーディングブリッジからの撮影です。
液晶式サンシールドを試しましたが、
システムの反応が遅く、
操作ボタンのゴムが破け掛けていたので、使わないようにしました。
やはり普通の縦型カーテンの方が良いです。
座席のコンソールはB777とは間逆の配置で、
操作ボタンなどが小さいため使い勝手が悪かったです。
エンジン音は非常に静かで、B777などとは明らかに違っていました。
ただ、
その分別の変なノイズ(パワコンか電動式アクチュエーターか)が目立ちました。
機内は
子供向けにポケモンの動画を流していましたが、
天井イルミネーションなどのデモは無かったです。
暑いのでアイスクリームを買おうとしたら、品切れでした。
ラバトリーにウォシュレットは無かったです。
台風のためか、
紀伊半島に差し掛かるとぐいぐい降下を開始し、
定刻より5分も早く到着しました。
当機はこの後、
東京行036便になります。
雨が降っていて荷物もありましたので、伊丹での空見はせず、写真の
大阪モノレールに乗って帰宅しました。